TNQ Writer
スカイレールは世界で最も美しい熱帯雨林を巡る旅へ導いてくれる。世界遺産に登録されているケアンズ北西部に広がる熱帯雨林は、地球上で最も古く、1億3000万年の長きに渡りその姿をほぼ変えることなく今日まで繁栄してきた。
鬱蒼とした熱帯雨林を上空から見ると、形も大きさも異なる樹木の葉が一面を埋め尽くし、緑の世界が広がっている。
熱帯雨林には高木から低木と様々な樹木が何層にも発達しているため、林床に届く光はごく僅かで常に薄暗く、光を受けて育つ植物にとっては非常に困難な環境。
そんな中、倒木などにより光が差し込む空間が生まれることがある。
そのような空間を林冠ギャップと呼び、そのキャップを通して光が森の中に差し込むのだ。これは林床に生息する植物が成長するための絶好の機会となる。
林間ギャップが形成され、光が降り注いだその瞬間から植物たちの過酷な競争が始まる。
我先に空を目指し成長する様子は生存を賭けた戦いだ。
そして勝利した者は次の数百年を生き抜くことが許されるのだ。
光が遮られた薄暗い林床はいつも静けさに包まれていて幻想的だ。
大きな葉を付けた若木が、高木の隙間から僅かに差し込む光を辛抱強く待ち、成長する機会を伺っている。
高木や巨大な突出木が密集した熱帯雨林では、林冠で浴びる光のわずか1パーセントしか林床には届かないと言われている。
この常に薄暗く特殊な環境こそが、そこに生きる植物に適応能力を与えている。
光が当たらない場所では、多くの植物は十分な成長を遂げることはできない。
そのような環境に適応するため、ある植物は長期間光を待つためになんと20年ものあいだ苗木の姿を保つことができる。
また、ブリーディング・ハートという植物は、薄暗い林床に光が降り注ぐまで種を休眠させるという驚くべき生存方法で、光のない環境を生き抜く術を身につけた。
太陽光を得た植物は素早く成長し、さらに光の豊富な林冠へと一気に駆け上がる。
「ちょっと待っての木」として知られ、尖った葉と先端の鋭いつるを持つヤシ科の植物(英名 : Lawyer Cane) の成長方法は本当に変わっている。
まず、近くにある他の高木に自身のつるを巻き付け、そこを伝って光の当たる林冠へとよじ登る。
そうして成長したLawyer Caneは林冠から薄暗い林床にある自身の主要部分へ養分を送るのだ。
このように熱帯雨林では自身で成長するのではなく、他の植物にすがり、より良い光条件を求め成長する植物も多く存在する。
またこのLawyer Caneは成長すると柔らかく曲げやすい割に強度があるため、その柔軟性を活かした籐家具の材料としても重宝されているそうだ。
「絞め殺しの木」と呼ばれるイチジクの仲間がとる成長方法は周りの木々の脅威だ。
まず、果実を口にした鳥やコウモリが木の高い位置にある枝の付け根やくぼみに排泄するところから成長が始まる。
未消化の種が糞とともに排泄され、その種が十分に光の当たる枝の表面で発芽し、気根を垂らすことで地面から成長するのではなく、上から下へと育っていく。
成長するにつれて、徐々に気根が木に絡みついて取り憑いてしまう。
文字通り相手を「絞め殺す」のだ。
不運にも取り憑かれた木は最終的には枯らされてしまい、木の幹が存在した場所は空洞となる。
薄暗い森林の中で光を巡る争いを制するために適応した結果といえるだろう。
静けさに包まれた熱帯雨林では、常に植物たちの生き残りをかけた熾烈な光を巡る戦いが何百万年も続いているのだ。
スカイレールはそんな熱帯雨林を深く知ることができる素晴らしい体験だ。
スミスフィールドからキュランダへと続くゴンドラは、様々な種類の樹木からなる熱帯雨林を、上空からじっくりと眺めることができる。
スミスフィールドターミナルを出発したゴンドラは、はじめに硬葉樹林の山肌を進んで行くが、直ぐに形も大きも異なる多種多様な森へと景色が変化していくのがわかるだろう。
世界遺産の熱帯雨林への入り口はいつの間にか始まっていた。
そこは一面に広がる豊かな緑の世界。
ゴンドラからの眺めは、地上とは全く異なる熱帯雨林の一面を見せてくれる。
ゴンドラに揺られ熱帯雨林を眼下に眺めること約10分、最初の中継地点であるレッドピーク駅に到着。
熱帯雨林の奥深くに位置するこの駅は、植物の観察に最適な場所だ。
駅から始まるボードウォークでは多種多様な植物を間近に見ることができるので、瞳を凝らしてじっくり観察してみたい。
生い茂る無数のシダ植物など、それらの姿は種ごとに異なりまさに千差万別。樹々を彩る青々とした苔もまた一つとして同じものはなく、形も質感も異なるものばかりだ。
散策の後は再び駅へ。
熱帯雨林ディスカバリーゾーンは、湿潤熱帯地域管理局 (Wet Tropics Management Authority)との提携により製作された、世界最古の熱帯雨林についての展示を楽しむことができるエリア。
床から天井までを覆う12枚のパネルからは熱帯雨林の植物や動物について学ぶことができる。
地球の誕生から現在に至るまでを示した時系列表やヒクイドリとその生息環境を忠実に再現した模型などがあり、動植物のイメージが多用されているので理解しやすい。
レッドピーク駅を出発したゴンドラが次に向かうのはバロンフォールズ駅。
太古から変わることのない悠久の森を眺めながら進んでゆくと、巨大な峡谷と滝が眼下に広がる。
バロン峡谷とバロン滝だ。
壮観な景色を通過すると、バロンフォールズ駅に到着。
ここでも下車して「ザ・エッジ」展望台(The Edge Lookout)に行ってみよう。
遮るものが何もない遊歩道からは、滝から渓谷までの一大パノラマを楽しむことができる。
12月から3月にかけての雨季の期間中は、流れる落ちる水量も多くバロン滝鑑賞のベストシーズンと言えるだろう。
特に大雨の後のバロン滝は大瀑布と化し、圧巻だ。
他にも熱帯雨林をより深く学ぶことができる熱帯雨林館(Rainforest Interpretation Centre)が駅に隣接。
ここではタッチスクリーンを介して、熱帯雨林について楽しく学ぶことができる。
スカイレールでは熱帯雨林の物語を日本語で体験することができる「スカイレール解説アプリ・音声ガイド」というサービスがある。
スマートフォンでアプリをダウンロードすると、レンジャーによる熱帯雨林のガイドを動画で視聴したり、植物についての説明を聞いたり。
更にGPS機能による正確な位置情報の表示や、撮った写真のシェア機能など、多くの機能が備わっている。
スカイレールに乗車の際はぜひ活用したい。
一見落としてしまいそうな小さな世界。
樹皮を覆う苔や地衣類、滴る水滴、様々な昆虫たち、花や果実。
無数の小さな命の営みが私たちのすぐそばで繰り広げられていることに感動を覚える。
静かに佇み、思わず見上げてしまう程の巨大な樹々も、始まりはとても小さな存在だったのだ。
小さな存在一つひとつに、大きな物語が隠れていて、太古から続くこの森は驚きに満ち溢れていた。
オーストラリアの大自然の素晴らしさを肌で感じることができるスカイレールは訪れる度に新しい発見がある。